2008年7月14日月曜日

スーダン問題。(びっくりニュースが多かったので連投)

ついにこれが出た。
どう展開するのか。

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中国がスーダンに軍事支援、国連措置に違反 BBCが証拠入手

  • 2008年07月14日 11:44 発信地:ロンドン/英国
  • 【7月14日 AFP】英国放送協会(BBC)は13日、中国が国連(UN)の対スーダン武器禁輸措置に反して軍事支援を行っている証拠を入手したと報じた。



     BBC取材班が匿名の2つの情報筋から得た情報として、中国が同国製戦闘機「ファンタン(Fantan)」のパイロット訓練を行っているほか、パイロット訓練用機「K8」をスーダンに輸出していたとしている。



     K8は国連によるスーダン制裁が科される2年前の2003年に輸出されたとみられるが、BBCは前月撮影された写真として、ダルフール(Darfur)地方南部ニャラ(Nyala)の飛行場に同機が配備されている衛星写真を入手したという。また、この戦闘機が2月に軍事作戦のためニャラを発進したことも確認したとしている。



     BBCはさらに、ダルフールの反政府勢力が中国製軍用トラック「東風(Dong Feng)」2台を所有していることを確認。12月に政府軍から奪われたものだとの目撃証言を伝えた。2台のトラックにはスーダン到着後に対空砲が備え付けられ、うち1つは中国製だという。



     BBCによると、中国側はこの件についてのコメントを拒んだ。詳細は14日夜の番組で放映される。



     BBCはまた、取材班が取りまとめた情報について、国連のダルフール問題調査チームが関心を示していることを明らかにした。


    中国はスーダンにとって最大の石油輸出国であり、重要な投資国となっているが、ダルフール紛争終結に向けたスーダン政府への働きかけが十分でないとして、国際社会から繰り返し非難されている。(c)AFP
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    中国が国選制裁破りでスーダン支援=英BBC

     英BBC放送(電子版)は13日、内戦で大規模な虐殺が行われているスーダン西部のダルフール地区に対し、中国が軍事支援を行った証拠が初めて見つかったと報じた。

     BBCのドキュメンタリー番組『パノラマ』は、ダルフール地区西部の砂漠地域で、中国が提供した軍用トラック「東風」2台の撮影に成功した。このトラックは中国が2005年にスーダン国防省に輸出したトラック212台の一部だった。東風にはスーダン国内で対空砲が搭載された後、ダルフールでの虐殺行為を主導している親政府のアラブ系民兵組織「ジャンジャウィード」に引き渡され、昨年12月のダルフール地区西部のシルバ村における住民虐殺に使用されたという。 BBCはまた、中国がダルフール地区で中国製のA5ファンタン戦闘機の操縦士を訓練していると報じた。

     中国の武器輸出や操縦士訓練は、ダルフール地区への武器禁輸を規定した国連の措置に批判しているという。国連安全保障理事会は04年7月、ダルフール地区の内戦当事者に一切に武器供給や軍事的支援を禁止することを決議している。

    崔賢黙(チェ・ヒョンムク)記者

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    またもうひとつ衝撃。


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    国際刑事裁判所、スーダン大統領の逮捕状請求へ 報復恐れ緊張高まる
    2008.7.12 20:03

     【ロンドン=木村正人】スーダンのダルフール紛争をめぐり、国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)の主任検察官が14日にも「人道に対する罪」などで、スーダンのバシル大統領の逮捕状を請求する見通しが強まっている。

     これを受けて国連は、同国に展開する国連とアフリカ連合(AU)の合同平和維持部隊(UNAMID)の要員らに対する妨害が強まるのを警戒している。

     ICCは2005年の国連安保理決議に基づき、すでにバシル政権の閣僚と民兵組織指導者の2人を起訴している。

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    スーダンのバシル大統領

     同大統領が逮捕を逃れても、身柄がないまま起訴、公判の手続きが進められる見通しだ。スーダンのアブダルハレーム国連大使は11日、「ダルフールとスーダンの安定と安全を損ねる動き」と反発。中国の王光亜国連大使も、「大統領に逮捕状が出れば、これまでの努力がぶち壊しだ」とICCを牽制(けんせい)した。

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    何がまずいって、これが政権内のパワーバランスを崩しかねないと
    なんとなく思えるから。詳しくはわからんけど。直感的に。

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    スーダン:南北和平取り決めに亀裂

    スーダン南部で20年に亘り続いた内戦を逃れ国内避難民となっていた数千の人々は、2005年の包括和平合意によりアビエイ地域へ戻った。しかし、5月半ば同地の争いは手に負えない状態となり北部/南部軍戦闘が再び始まった。
    【ジュバIPS=スカイ・ウィーラー、6月23日】

     スーダン南部で20年に亘り続いた内戦を逃れ国内避難民となっていた数千の人々は、2005年の包括和平合意によりアビエイ地域へ戻った。しかし、5月半ば同地の争いは手に負えない状態となり北部/南部軍戦闘が再び始まった。国連は、この戦闘で、現在暫定的に南北の境界線と定められているキイル川を渡り約5万の人々が南へ逃れていると予測している。
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    ジュバIPSのスカイ・ウィーラーより、緊張高まるスーダン・アビエイ地区紛争について報告したIPS記事。(IPS Japan武原真一)

     アビエイ地域は、スーダンの原油の多くを産すると同時に貴重な牧草地帯を有する。同地域の市民は2011年に北あるいは南へ所属するかの選択を行うことになっており、2005年には国際専門家が境界線提案を行った。しかし、スーダンのバシール大統領はこれを認めようとしなかった。それ以来、同地域では政治の空白が続き、石油収入の分配も行われていない。南部当局は、アビエイだけで過去3年間10億ドルの支払いが全く行われていないと語っている。

     南北の緊張と相互不信は、2005年の包括和平合意後も続いた。両者は、主要合意項目を守っていないと互いに相手を責め、南部閣僚は10月に、南部からの政府部隊撤退および石油収入の分配透明化の約束不履行、またアビエイの最終取扱いを不満として連合政府を脱退。それ以来、南部軍と北部民兵の間で衝突が続いており、南部のキイル大統領がこれをハルツーム政府の扇動としたことから、関係は更に悪化している。

     南アフリカのアナリスト、ジョン・アッシュウォース氏は、「ハルツームの国民議会党(NCP)が調印した和平合意も、実施が証明されなければ何の意味もない」と語っている。
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    と、よくよく調べてみると和平合意で安定したはずの、
    スーダン南北の争いが再燃しそうな雰囲気満々。
    このまま大統領の件が、変な方向に進めば和平合意も反故になってしまいそう。

    以下外務省報道官談話より

    clipped from 209.85.175.104

    スーダンにおける南北包括和平合意(CPA)アビエ議定書履行の行程表に関する合意について

    平成20年6月11日
    1. 我が国は、スーダンにおける南北包括和平合意(CPA)の中で、最も困難かつ重大な懸案事項であったアビエ議定書の履行に係る行程表(ロードマップ)が、北部国民会議党(NCP)、南部スーダン人民解放運動(SPLM)両政党により合意され、8日、これを承認する大統領令がバシール大統領により署名されたことを歓迎する。

    2. 我が国は、CPAの両当事者が、自らのイニシアティブによりアビエ問題の解決に取組み、ねばり強い対話の結果、かかる合意に到達したことを高く評価する。両当事者が、本件行程表における諸事項を着実に履行し、アビエ地域に平和と安定をもたらすことを引き続き強く期待する。

    3. 我が国は、アビエ議定書を含むCPAの履行促進を含め、スーダンにおける平和の定着を今後とも積極的に支援していく。


    【参考】南北包括和平合意(CPA)及びアビエ議定書

    (1)CPAは、20数年に及び、400万人を超える国内避難民が発生した南北スーダン内戦を終結させた和平合意。主な内容としては、1)自治権を有する南部スーダン政府の成立、2)南部スーダンの帰属を問う住民投票の実施(2011年実施予定)、3)南部の宗教的自由(イスラム法の不適用)、4)南部スーダンで産出される石油収入の南北原則均等配分などがある。

    (2)スーダン中央部に位置するアビエ地域は、南北内戦時の激戦地の一つであり、また豊富な石油資源を埋蔵していること等から、南北双方が領有権を主張しており、帰属が決定していない。

    (3)アビエ議定書は、CPAの一部をなし、行政機構の設立、住民投票による帰属問題の自決等の同地域に係る問題の解決に向けた重要事項について規定されているが、同議定書の履行についてはこれまで進展が見られなかった。

    (4)アビエに関する今次合意には、南北両軍からなる合同統合部隊の展開による南北両軍の同地域からの再展開、国内避難民促進のための措置などが含まれている。

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    ちなみに以下にあるように。
    南部スーダンには、和平合意後、難民として国を離れていたスーダンの人々が
    周辺各国の難民居住区から、スーダンへと帰還をはじめている。

    オグリが一時滞在したウガンダ北部モヨ(ADEOが医療プロジェクト実施)も、
    その難民居住区のひとつ。帰還に立ち会った研修生もいる。

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    スーダン難民:故郷へすがる子どもの瞳…20日、難民の日

     「ここが私の生まれた場所だから。もうどこにも逃げない」。アフリカ北東部のスーダン。約20年間の南北内戦が終結し、壊滅的な被害を受けた南部を中心に国外に逃れた難民や国内避難民の帰還が進んでいる。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などは周辺国の難民キャンプを順次閉鎖し、国際社会の支援は今後、長期的な経済支援に切り替わる。だが、すべてが破壊されたこの国の未来は、約束されたものではない。20日は「世界難民の日」。

     約150キロ離れた隣国ウガンダから帰還民を乗せた2台の大型バスが、砂ぼこりを上げて入ってきた。まる2日間の旅路。人々に疲労の色は隠せなかったが、窓枠を握り締めて見つめる大きな瞳は懐かしい景色をじっととらえていた。

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    母国に到着した子どもの瞳に写った風景は……=スーダン南部ジュバのウエーステーションで2008年6月4日、西村剛撮影

     国連の統計によると、国連の支援でこれまでに約28万人の難民が帰還。国内避難民も含めると210万人以上になる。一方、水道、病院、学校など生活基盤は不十分で、スーダンは、多くの課題を抱えながら復興への第一歩を踏み出す。【隅俊之】

    ◇スーダン


     エジプト・英国の支配から1956年に独立。北部のアラブ人中心の中央政府と、南部のアフリカ系黒人との間で緊張状態が続き、83年に南北内戦がぼっ発。約50万人の難民と450万人以上の国内避難民を生んだ。西部のダルフール地方でも03年に紛争が激化。20万人以上が死亡、新たに約220万人の難民・国内避難民が発生したとされる。南北内戦では05年に包括的和平合意が成立。暫定の南部スーダン政府が樹立され、11年には南部独立の是非を問う国民投票が予定されている。日本政府はスーダンへのPKO派遣を検討している。

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    気になる。

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